昭和41年02月14日 朝の御理解



 我情我欲を放れて、真の大道を開きぬぞと。わが身は神徳の中に生かされておると。我情我欲を放れて、真の大道を開きぬ、わが身は神徳の中に生かせれてあると言う事。その神様の特別のご守護の中に生かされておるんだなと。例えば世界中の氏子に、おかげはやってあると仰る。信心があろうが、無かろうがこれは一様におかげを下さっておるおかげと同時に、信心をさせて頂きますと、そこんところを教祖の神様は、信者氏子とこう呼びかけてくださるですね。
 信心があろうが無かろうが、やはり神様の氏子ですけれども、その中に特に信者氏子と。またその信者氏子の中にもですよね。またはこれは私共の言う事でございますけれども、信者の中の信者と言う様な事を申しますですね。あの人こそ信者のなかの信者であろうと。ですからその本当に、信者の中の信者と言われるような信心を頂いておる人こそ、わが身は神徳のなかに生かされておる喜びに、日々を暮らさせて頂いておると言う事になるのじゃないかとこう思うのですよね。
 ですから皆さんどうぞ、そこんところを一つ頂かなきゃいけません。そのためにはやはりその私共からその我情我欲というものが、いわゆる私大坪総一郎と、こう申しますけれども。その大坪総一郎がです。無くならなければならないと思うですね。長男が丁度親教会に修行させて頂きます。学院に入ります前後一年半位だったかね。一年半でしたかしら修行させて頂きまして。そしたらその私のこらもう親先生に、私が何時も申し上げるんですけれども、どっちが本当とか嘘とかと言う事じゃありません。
 やっぱそれぞれの、一つの生き方と言うのがございます。同じ教祖の神様の御教えを頂きましても、例えば甘木の初代の親先生のような生き方もあれば、久留米の初代の生き方もあるんです。で双方ともそれこそその当時、日本一の大徳の先生とまぁ言われるくらいな大徳を受けられた先生ですらです。しかも同じ教祖の神様のご信心を頂かれても、やはり甘木流があり、久留米流がある。こりゃその無いと言うてもやっぱあるんです。甘木には甘木の生き方がある。久留米には久留米の生き方がある。
 ですから同じなら小倉の桂先生の流れをくんでおる信心でもです。なら親と子の間柄でありましても、私と善導寺の親先生の仲にはです。やはりこれは親先生の生き方だ、これは私の生き方だというのが、もうはっきりしてるんです。それはもう本当に赤と白ほどにはっきりしてるんです。ですから私親先生にいつか申し上げたんですけれども、私は大体、こういう性分ですから、こういう生き方なんですと言うてその、赤と白になったからと言うて、紅白合戦のような事になってはならんのですから。
 これがあの紅白の鏡のお餅のように、赤も無からなければいけん、白もなからにゃいけん。しかもそれがひと重ねのお餅のようなです、密接な関係を持って、椛目と善導寺は行きたいと思うんですというて、申し上げたことがあるようにです。違うんです生き方が。ですから私の信心を、大体身に付けている子供の事でございますもんですから、親教会でも生き方と言うのは、もうぜんぜん違うわけなんです。ま例えば一例を申しますと、私はもうここで修行させて頂くならばね。
 ある程度の本当の信心修行が出来るようになったら、必ずここの修行生の方達に、私が奉仕着を着せるんです。ですから朝から晩まで、この奉仕着を着けておけと、こう私が言う生き方。そら親先生あたりのは、そげなことじゃ御用が出来んから、ちゃっともうみがみキリキリとした格好しとかないけんと、こういうようなね。そげん違うんです生き方が。ならどっちも嘘と言う事じゃないでしょうが。本当にどちらも本当なんです。それぞれ生き方なんです。ですからどうもその一年半の修行がです。
 もうそれこそ泣くほどつらい事が、時々やっぱあるわけなんですね。そらもう本当にここにおるよりも、かえって楽なんです善導寺におれば。もうそれこそ大事にして下さるんですから。けども信心になって参りますとです、そんな大事にされるとか、そんなこっじゃ無いですもんね。やはり自分のかくと信ずることを行じていきたいと言うのが、まぁ修行なんです。ですから私が長男に申しておりました。親先生が仰るとおりせよと私が。大坪勝彦が出てきちゃつまらん。
 こうしたいけれどもあぁしたいけれどもと言う思いを捨ててしまえと。お前はこの親教会に修行させて頂くのはね、そら大坪勝彦を無くしていくための修行だと私は。だから自分な例えば左と思うても、親先生が右と仰ら「はい」と言う事なんだ問題は。自分というものを無くすると言う事は、もう自分な右が良いと思うても、親先生が左と仰るなら、「はい」と言うて、その左のことをしたら良いじゃないか。もう自分をいよいよ、無くする稽古なんだ。こんな楽なことが無いじゃないかと。
 けれども若い者の一つのまぁ積極的なというか、そういうその一つの生き方がですね、まぁいつもそこに一つのジレンマが有った様でございます。けれどもそこんところを乗り越えてです。自分を虚しゅうして行く事信心とはね。その自分と言うものを無くしていく。自分の思いを捨てると。我情を捨てると言う事は、自分の思いを捨てるね。そう言う様な例えば修行にです。お互いが厳しく取り組んでいかなければならん。そこが成程御神徳の中に生かされておるんだなと言う事を、その後の後に感得させてもらう。
 そういうおかげが受けられるんだとね。私は私の方の大坪家のこの家紋、紋ですね。これはあの梅鉢のもんなんです。丸の中に天神様の紋がこうあるんですね。ところがある時神様から、長紋付のこういう羽二重、黒羽二重長紋付のお供えを頂いた。どういう風に間違うたか知らんけれども、その紋がこの枠が取れておった。枠が無いんですね。いわゆるこの紋なんですね。
 私はそれをお供えさせて頂いて、あらこら家の紋じゃ無かたい。こらいっちょ輪が足らんたいと言いながら、私御神前にその紋付の下合わせですかねを、お供えをさせて頂きましたらね。これからは、の紋にすると神様が仰った。こりゃ私だけなんです。御理解させて頂いたらです。いわゆるこの枠を取ったという。私と言う枠を取ったんだと。だから以来私の紋は全部これです。これは枠が無いです。と言う事は大坪総一郎を取ったと言う事なんですね。
 私がここでは私を先生と言わなければならんとも、親先生と言わなければならんとも、何とも言わんなりにです。まぁ大坪さん、大坪さんがです。いつの間にか先生になり、いつの間にか親先生になり、これはいわゆる大坪総一郎が無くなったのであり、先生が無くなったのであり、そしていわゆる親先生と、こう言う様な事にいわば形の上ではなってくるわけなんですね。ですから私はこの紋を使用させて頂くようになってから、もうやっぱ十年以上もなりますでしょうかね。
 本当にこの自分と言うものを無くすると言う事。我情をなくすると言う事です。我欲を無くすると言う事ほど楽なことは無い。同時に楽だけじゃない成程、わが見は神徳の中に生かされておるんだなという。特別にこういう細かいところにも、こう言う様な事にでも、神様はおかげを下さるんだなと言う事をです。何時も実感することの出来れる世界に住まわせて頂いておるわけなんですね。
 そらあります生身を持っておりますから、痛いことも痒いことも、やはりいらいらすることも歯がゆいこともあるんですけれども、最近私が思うておりますように、じっと目をつぶって、金光様を唱えさせてもらい。一人ひそかに信心せよと教祖は仰るからね。その問題を通して自分の心のなかに、一人ひそかに信心をさせてもらう。金光様を唱えさせて頂きよると、もう全然問題なく問題が問題でなくなってくる。そして残るものは有難いものばっかりだと。
 その有難いものに、思いもかけないおかげが、何時も頂けておるというのであるね。ですから本当にお互い、折角信心させて頂くのでございますから、結局自分の一つの枠と言うものを取り外さなければです。大きくなることも出来ませんのです。この枠の中に入っててご覧なさい。これ以上のおかげは受けられんでしょうが。ですからこの梅鉢の紋が、どれだけ大きゅうなるやらです。この梅鉢の紋が世界に円満するように、大きくならんとも限らんのですね。
 まぁその大きな事を言いよるようですけれどもです。ほんなら九州中にこの梅鉢の紋が広がらんことも無いのですよね。それが私が枠を取っておるからだと、こう思うのですよね。そこで私達がです、その我情を取ると言う事。自分の思いをとると言う事。自分を無くすると言う事の中にはです、様々な事がございます。その中にですお互いが信心修行の中にです、その枠を取らないと、何がなにやら分らんような修行でも、神様にとっては、大事な大事なそれは神様にとって必要なご修行があると言う事です。
 ここんところが、私はその超道徳と言った様な事を申しますですね。道徳的でないような場合もあるです。そんなことでよかじゃろかと思うて、びっくりする様な事があるです。これは例をもて言うと、分かりやすい事でございますけれども、まぁこれは結局まぁ普通の道徳を超越した考え方ですからね、まぁ段々皆さんが分かってお出でることがあろうと思うのですけれどもね。
 例えてまぁ教祖の神様のことを、例を取って申しますならばですね。今日は田主丸のほうへ弁当を持って出かけよと、こう神様が仰った。それで弁当を持ってその田主丸のほうへ歩かれる。勿論そのどう言う様な用件かと言うと、今日はその拾いものをさせると仰るね。ちょうど昼ごろになったから、またご真意を伺われると、ここで弁当を開いてこれからまた後戻りをして帰れと仰るね。そして帰らせて頂かれた。
 何も拾われなかった。神様なぁにも落ちとりませんでしたがと言う風に仰らなかったんですね、教祖の神様は。今日は神を拾わすと言うたが、いかほどのものを拾うたかと。いえもう今日はそれこそもう、数に数えられないほどのものを拾い物をさせて頂いたと仰った。拾うたものが言われんことはなかろう、分からんことは無かろうと。それがです日々こうやって、御神前に奉仕をさせて頂いておりますと。
 自然血の巡りも悪うなるね。今日は久しぶりで外に出させて頂いてから、命と言う拾い物をさせて頂いたという意味のことをお答えになっておられます。もうお前ばかりは試しようが無いというて、神様がもうほとほとその感心しておられるですね。もうそういう例はいくらもあります。前の日にあの竹山の竹を切ってしまえとこう仰った。切られたそしたらそのあくる晩は、さぁあれはもう駆けて登れ駆けて降りれと仰った。前の日に切った竹がこんなにしておるですね。
 竹の切り後がそこをしかも夜にです。さぁ駆けて登れ駆けて降りれとこう仰る。これは私共はやはり、そういう真似方のような修行させていただいておりますです。神様は私に求めておられますですね。ある時にはここに病人がおるから、その話してやれ。私が教祖の神様のご真意のままに、町を歩いておる時です、福岡の町で夏の暑い時でしたね。ですからお宅の病人さんが悪いですかと言うて、入って行く訳にはいきませんもんですから。まぁごめんなさいと言って入った。
 はぁそしたら幸いと言うか有難いというか、そこのほんな二間ぐらいしかない小さい家でしたが。そこに休んでおられますもん。はぁやっぱ病人さんがおられるなと思いましてね私。本当にどうかおありにあるとですかと。悪いと仰ら私がその信心の話でもさせて頂こうと思うて、そう言うたんです。んにゃちょうど昼寝しとりますと、こういやわざわざ入ってきたとに、そういう風に言いなさるとですたい。もう本当に脇の下から汗の出る思いを致しますもん。
 すみませんけど水を一杯下さいというてから、水貰いに寄ったようにして、私は出てきたことでございます。まぁそういう例なら限りがなかったです私は。神様どうしてこげな恥ずかしい思いさせなはるですかと。私はもうそげな修行はいやと。そこにはですね訳は分からん意味は分からんです。私は北野の教会に大木の、あの大木の今の停留所から、北野までの間のところ、ほんの電車が出た後なんです。そしたら神様がもう晩のことですから歩けと仰る。
 私はあの当時に大木のあの、切符だけは持ってたんですよね。あの定期パスをこの電車だけのものを。もう大変修行が熾烈になってからでございましたね。そしたらあの電車のレールの上をです。神様が走って行けと仰るです。真っ暗ななかを走って行くんですね。それで私一生懸命走ってから、あの北野の大方手前ぐらいまで走りました。そしてですその時までそう感じなかったです。
 あくる日また歩いて帰れと仰るですから、また電車の道を北野の教会の裏から、ずうっと歩いて電車道に沿うてから、大木まで歩いて帰ってきてから、びっくりしたんです。あの大木と北野の間にはですね、がば広い川があってですね、川の上に私はここの中にもしこの足どん突っ込んどったら、どうしたじゃろかと、今思いますですからね。走って通るんですから訳は分からんとですこうやってね。そう言う事なんかもありました。何のためか分からんです私はね。
 こら教祖の神様の御霊気を拝詞を致しましても、そう言う事が沢山出て参ります。まぁだそういう例を言うなら、私の場合は修行中の時分は、もう本当に切がございませんでしたね。ですからです私はどう言う訳で、そんな修行ばせんならんとですかというて、もう聞いたらもうお終いですね。自分を無くするのですからね。氏子が神様任せなら神様が氏子任せになると仰せられますからと。こりゃ三代金光様の私に下さった御理解なんですね。まぁ強いて言えばです、氏子がどげな事にでも神様任せになるから。
 神様が氏子任せになって下さるんだと言う事のためとも思われますけれども。とばかりは言われんことが、沢山あります。ね。こげな馬鹿げたことを。どういうてこげな事をせんならんですかと言う様な事があるんです。そこに私は信心には馬鹿ほどの素直さがいると言う事は、それなんですね。こう言う事になりますと、もう道徳的じゃないです。もう、超道徳のことになるんですね。
 私最近糖尿病だと言う事になりましてから、食事のほうにも色々と、修行させて頂いております。もう必ず日に少しでも歩かんならん、この運動散歩をしております。それもまぁさせて頂くこともありゃしない事もあるんです。その散歩の事は。所が昨日なんかはもう散歩する時間が無かったです。所がです。昨日一昨日一昨昨日でしたでしょうか。神様から必ず二十分ないし三十分、散歩する事を頂いたんです。
 これはもう身体だけのことではない、これはどうも神様の何かご都合が、おありになるようだからその、そのことはあの修行としてから、ほんなら明日から必ず二三十分散歩させて頂く事を、神様にお願いさせてもろうたら。言うならばお誓いさせて頂いたんです。ところがですね。これが例えば水をかぶらんならんとかね。こら昔のことで言うならば、断食をしなければならんとか。いわゆる修行らしい修行ならですね、私ももう少し性根入れてからしとったんですよね。
 ところが、散歩せんならんと言う様な事だもんだからね。まぁ問題は私の体のことを思うて下さってから、神様はあぁ言うて下さるんだろうと、私は思うておった。そんなわけで私は昨日だけその、言うならご無礼しとったんです、してなかったんです。それが昨日一昨日でした一昨昨日から、それを実行しておることなんです私は。こらそれまでは散歩身体のために、散歩するという程度だったですけれどもです。だからしたりしなかったりだけれども、一昨日からはです。
 これはもう修行と思うてさせて頂かんならん事になっとったんです。ところが昨日出来てなかった。夕べ夜中にもう本当に、誰かこう揺り動かすようにありますから、誰か、起こしてくれよると思うて目を覚ましたら、誰もいないんです。それから又ひと寝入り、私は起き上がってから、御祈念させて頂いたら、今日は散歩忘れとったと神様が仰った。私は夕べ夜中にですね、丹前着てから一遍通りずうっと回って参りました。警察署の下からね。これなんかは例えば聞けば馬鹿のごたる話でしょうがね。
 けども私共には分からんです。何故なのかね。夜中に揺り起こしてまでも、ほんなら散歩に行けとは仰らなかったですけれども、今日はお前休んどるとじゃないかと頂いたから、はぁほんにそうだった。本当に私は修行と思おうて歩かせて頂く筈じゃッたと思うてですね。それで私はまぁずるいこと考えてですね。今日はあの親教会にあの、親奥さんの三年祭がございますんです。
 それで私はおかげ頂かんならんようになっとるけん、もう神様ほんならあの今日の代わりにですね、明日は善導寺に歩いてからおかげ頂きますからと言うて申し上げた。そら明日になってはいかん。やっぱ今日出らにゃいかんと、と言う様な意味の事を頂くんです。それで私またこの夕べのうちに、外のいわば散歩の修行をさせて頂いてから帰ってきた。で、これなんかはどういうわけか、私自身が分からんです。何故なのかね。私は今日皆さんに分かって頂きたいとこはそこです。
 修行させて頂くと言う様な事をです。例えば皆さんがこう言う修行させて頂きますといや、神様がそれを受けようとして、体制を作って下さるわけなんですね。神様がその体制を作って下さると言う事は、どういうご真意があるか分からんのです。だからそこを私共が分かりませんけれどもです。私共でそこを分かりませんけれども、そこを行じていくのが信心であり修行でありね。私は超の字を付けなければならないね。
 私共では分からんけれども、神様がそう仰って下さるから、そこは素直にそうさせて頂けば、それで良いのである。そこに私はいわばその、梅鉢の枠を取らせて頂くというか。自分の枠を取らせて頂いておらなければ、それは出来ん何故かと言うて、追求したくなるね。自分が無いのですから。何故もへちまも無いでしょうが。自分を虚しゅうしていくと言う様なことね。自分の思いを捨てると言う様な事の中に、様々な修行がございますが、今日はとりわけですね。自分のこれは修行と思うておるね。
 修行の中にもやはり自分を虚しゅうしておかなければですね。こん位な事で良かろうと言った様な事になりかねないのですからね。やはり修行の中にも自分を虚しゅうした修行。ほんならその修行は何のためにするのやら、何故なのか一つも分からん。分からんけれどもやはりさせて頂く、そこに後で後でははぁあぁ言う事がそうじゃったばいのと、分かることもありゃ分からんこともある。私は今になって、十何年前の修行が、ははぁこういう事のためじゃったじゃろと言う様な事が、時々あるですね。
 ですから本当に理屈無しに、無条件に神様の前にはね。信心が必要であり特に、とりわけ修行の場合なんかはね。何かこの理屈にあったですね。理屈にあった修行でなからなければならんと言う事なら、理屈に合わんような修行。ひょっとしたらま人が見たら、本当に馬鹿のように見えるような修行でもです。神様がさせて下さる修行は、有難くそれを承らせて頂くと言う事がです。自分を虚しゅうしていく、無くしていくことだと私は思うんですね。
   どうぞ。